こんにちは!まさゆきです!
僕は現在、還暦を迎えた60歳のおじさんブロガーです。
大学を出てから広告会社で30年以上勤して、今は独立しています。
旅館やホテル、鉄道会社、通信会社、酒類輸入販売、行政などあらゆる仕事をしました。
職種は営業でしたが、中小の代理店あるあるで
ディレクション、コピーライティング、
デザインプランなど自分でできることはなんでもやっていました。
新規開拓もずいぶんしましたが、
一度お付き合いいただくと長く付き合っていただけるお客様に恵まれました。
その分、一生懸命お客様の会社や商品のことを掘り下げ、
その魅力を伝えることに専念いたしました。
知識不足なことは図書館に通ったり、
雑誌の特集記事をストックしたり、
お客様の商品を自分で購入して試してみたりしていました。
デザインの知識もない自分の目を養うために
東京の美術館に出かけては、いろんな展覧会を見てまわりました。
ただでさえ要領が悪く長時間労働が慢性化していたのですが
インターネットが普及したことでさらに拍車がかかりました。
1999年にADSLによるインターネットへの接続サービスが開始されると
会社でパソコンが支給されるようになったのです。
程なくして取引先との連絡は携帯電話とメールになり
それまでは会社に連絡があって、その伝言を受けて折り返すというやりとりが
どんなときでも、ダイレクトでつながるようになっていきます。
便利になればなるほど
仕事はスピードが要求されるようになっていきます。
そこからの記憶が断片的になっていきます。
2001年9.11のアメリカ同時多発テロの日
真夜中に帰って、ビールを飲みながらニュースを見ようとテレビをつけたら
信じられない光景が目に飛び込んできました。
疲れた頭で「映画の予告編かな」とボーッと眺めていました。
ひとり娘は、気がつくと大きくなっていて、
いっしょにお風呂に入ることはなくなっていました。
2011年3月、東日本大震災のときも
そのあとも働き通しでした。
Macを覗き込んでいたこと
ガリガリ、サムネイルを書いていたこと
締切でハラハラしたこと
コカコーラとカップヌードル
そして、オフィスから見た朝焼け…そんなことしか思い出せなくなっていました。
あるとき、妻が子宮摘出する手術をすることになりました。
そうなっても忙しさは変わりませんでした。
手術の間も携帯には連絡が来ていました。
ある夏のこと、咳が止まらなくなりました。
あまりに咳が激しく、頭痛がひどくなって、病院に行ったら喘息という診断でした。
病院に通うようになっても仕事は楽になりませんでした。
そんな生活が1年近く続き
心底疲れ切った僕は、
先のことをまったく考えないで会社を辞めることにしました。
今にしてみれば、ウツになっていたのかもしれません。
長年勤めていたおかげで、会社からは半年間休みをいただくことになりました。
それでも気持ちは変わらず、有給も消化して辞めました。
その間、ほとんど誰とも会わず
漠然と資格くらいとっておいた方がいいかなという気持ちで
ファイナンシャルプランナーの勉強をしました。
それから、体調を整えるために、ヨガを習いました。
会社勤めが30年以上もあったので、休職手当は丸1年もらうことができました。
その間、ハローワークで仕事を探していましたが
どれもこれも給料は大幅に低いものばかり
履歴書を出しても面接に辿り着くのは数社しかありません。
面接に行っても採用はもらえませんでした。
コロナ禍がはじまり、世の中の様子がおかしくなってきたころ
これまたあてはないけれど開業届を出して個人事業主として再スタートを切りました。
初年度は、幸運なことが重なりました。
会社時代に懇意にしていただいたお客様から声がかかり
まとまった仕事をいただきました。
ときを同じくして
知人から声をかけてもらい、自習室の管理人という仕事を請け負うことになりました。
それから約1年半、仕事は平行線のままです。
このままでは尻すぼみになってしまうと考えた僕は
自分で自習室を立ち上げることにしました。
事業計画を何度も書き直し
銀行に何度も足を運びました。
半年くらいかかったでしょうか。
地元の地銀と政府系の銀行の協調融資を得ることになり
事業をスタートすることができたのです。
しかし、もともと、単価の低い、それほど利益率のいい商売ではないし
お店を知ってもらうのには、相当時間がかかりました。
はじめの3ヶ月ぐらいは、知り合いが見学に来るぐらいです。
家賃分ぐらいを稼げるようになったのが半年以上たってからでした。
僕は貯金を使い果たすところまで来てしまいました。
毎日、生きた心地がせず、お金の心配ばかり
家賃を払い、生活費をやりくりすると、もうあと数ヶ月で資金が底をついてしまう
そんなところまで追い込まれました。
事業計画していた頃、会社時代の直属の上司だった
今はで独立してコンサルで成功している方に
よく電話して相談していました。
どん底まで行ってしまったとき
その方のアドバイスで補助金の申請書を書き直したところ
なんと、奇跡が起きたのです。
その補助金のおかげで首の皮一枚のところで
なんとか生き延びました。
その後、おかげさまでお客様が徐々に増えてきました。
まだまだ楽にはなっていませんが
どん底のときより心に余裕が出てきている今日この頃です。
振り返ると、定年まで会社にしがみついていた方が
どれだけ楽だったでしょう。
でもおそらく、今の自分はなかったと思います。
ただ、自信過剰な、感謝知らずの勘違い親父がひとり誕生していただけだと思います。
孤独の中で見たもの、学んだことは
僕をまともな人間に変えてくれました。
ブログで自分が気づいたことや勉強になったことなど
いろんなことを書いていきます。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
どうぞ、よろしく!